なんだっていつも近道を探してきた結局大切な宝物までなくした

最近、年齢を重ねるってやっぱり怖いこともあるなって思う。

肉体的な老化は怖がっても仕方ないからいいとして、精力的に老化するのって怖いよね。

元々は、精神面で考えたら年齢を重ねた方が豊かになるに決まってるって思ってたから、大人になっていくのが楽しみだったんだけど。


年齢を重ねると、意地っ張りになるよね。

辛い時や悲しい時、淋しい時嬉しい時。
年齢が邪魔をして、素直になれてない自分を感じる時がある。
年齢分だけ自分が辿って来たはずの道があって、若い時は、まだ自分が未熟だって自覚があるから、到らない時も素直に受け止められた。
でも、だんだん大人になってくると、自分が思ってた27歳と現実の自分が離れてる気がして、怖くなって蓋をしちゃうんだよね。え、自分まだこんなことに躓くの?そんな訳ないよね。って。そもそも辛くなんてないってことにしちゃうの。ばかみたいだけど。

だけど、そもそもまだ全然未熟だし、辛い時は辛い。
そんなの当たり前で簡単なことなのに、素直に受け入れられなくなってた。
勝手に、もうこの問題はクリアしたはずなんて。

一個の事に蓋をすると、全部の間隔が鈍くなる。そうすると、嬉しいも楽しいも美味しいも全部曇る。
大人なのに未熟な自分を受け入れるのと、嬉しいや楽しいや美味しいを捨てるのと。
どっちを選ぶかって、私は未熟でもいいから全部の感情が過剰な方がいい。その分傷ついたとしても。

若いうちは感受性が豊かだからって言葉、特になにも考えず聞いてたけど、あーこういう事なんだなってすごい実感する。
未熟でも失敗しても、自分が自分を許せるから怖い事が少ないんだよね。若い時は。
大人の自覚は必要だと思うけど、なんでも蓋をするのはやめたいな。素直になりたい。素直になったら、その分まっすぐ頑張れるもん。
蓋してたら全力で頑張れない。全力で頑張ってダメだった時に自分を許せないから。

そんなのつまんないよね。
大人とか子供とか。

気づいたらそういうのに縛られてたな。
もっと素直になろう。
そうしたら、もっと伝えるべき言葉が自然に出てくるはず。
今の私はすっかりつまんないやつになってた。
危ない危ない。
まだ戻れるかな。

不器用でも未熟でもいつでもちゃんと自分を知ってたい。
センチメンタル過剰でちょうどいいよ。
まだまだ思春期みたいなやつです。